鹿鳴館のざわめき華やかな東京に、谷崎潤一郎(1886~1965)は生れます。「脱亜入欧」の明治国家は、植民地となる危機を背に、列強と対等自立の関係を築こうとしていました。武力を背景に、周辺アジア諸国への支配をともなう「帝国日本」の自立への道です。
20代半ばの谷崎が「刺青」(1910)で文壇デビューを果たす頃、日本は帝国の輪郭をようやく明らかにします。欧米列強に連なった日本は、やがて、人類はじめての世界戦争、第1次世界大戦(1914~18)に参戦し戦勝国となります。ヨーロッパが主戦場のこの大戦では、日本の損害は小さく、大きな経済的恩恵がもたらされました。その好景気も背景に、近代化が進展。都市大衆社会が勃興し、「郊外」という新たな居住圏も出現して、新しい生活様式と文化が発展していきます。大正デモクラシーとその文化を謳歌した、戦後平和の時代でした。一方で、帝国支配の展開は、日本社会の視界を広げ世界観を多様にしながらも、やがて国際的な摩擦を生み出していきます。そのような動きの下、谷崎は作家活動を本格化させていきました。
そして、「細雪」は、郊外に暮らす新しい中産市民の、穏やかで豊かで美しい日常を描いて谷崎生涯の代表作となります。この名作は、第1次大戦以降の日本と世界の変容を家族の日常の中にとらえ返し、普遍的価値にまで昇華させたのでした。物語は、日本と中国との戦争が始まる前年の1936年秋に始まり、1941年春に幕を降ろします。その冬、日本は第2次世界大戦に参戦、この世界戦争は日本の破局的な敗北によって終結しました。が、「細雪」の生活世界は、戦争の奔流をも埋没させ生き残って、新たな時代を導いていく力さえ秘めていたのです。
戦争と平和との間、大きく揺らぐ日本と世界の有り様を受けとめ、花開いていった文豪谷崎潤一郎。その豊かな作品世界を読み解きます。
■特別展開催時の記念館入場料は一般600円、65歳以上300円、高校・大学生400円、中学生以下無料となります。
|